大河ドラマ「光る君へ」がますます面白くなってきましたね!
藤原道長の思惑で一条天皇に嫁いだ彰子(しょうし/あきこ)がどうなるのか、気になっている人が多いようです。
この記事では、
- 彰子は一条天皇に嫁いでどうなるの?
- 彰子に子供はできる?
などについてリサーチしてまとめました。
ぶっちゃけ、うつけと言われた彰子は今後の物語を大きく変えていきますよ!
この記事は、彰子が一条天皇に入内したところから説明しています。
大河ドラマ「光る君へ」のネタバレとなる可能性があるのでご注意ください。
光る君への彰子はどうなる?子供は?
彰子の子供については以下の通りです。
- 長男:
敦成親王(あつひら)⇒後一条天皇となる - 次男:
敦良親王(あつなが)⇒後朱雀(ごすざく)天皇となる
彰子が子供を産む前の話だけど、
一条天皇が溺愛していた定子は、3人目を出産した次の日に亡くなるのよ。
一条天皇と定子の子供は3人だっけ。
長女:脩子内親王
長男:敦康親王(あつやす)
次女:媄子内親王
そう。細かいことは省くけど、定子亡き後、長男・敦康の面倒は彰子がみることになるのよね。
このとき彰子は12歳。敦康親王は2才だから、ちょっとびっくりだね!
一条天皇が病で亡くなるんだけど(彰子が24歳)、
一条天皇は定子の長男・敦康を天皇にしたいと思ってたんだって。
やっぱり溺愛した奥さんの子供に跡を継いでもらいたかったのかな?
だけど彰子の父・藤原道真が彰子の長男(敦成)を一条天皇の跡継ぎと決めたの。
藤原道長は彰子にも相談しないで勝手に決めちゃったんだよね。
彰子は自分の長男が天皇の跡継ぎになったのに激怒してるのよね。
不思議。
彰子は定子の長男(敦康)も自分の子供のように面倒見たんじゃないかな?
大河ドラマ「光る君へ」でどう描かれるのか楽しみね!
彰子のその後の運命は?
一条天皇が亡くなった後は、いったん三条天皇(藤原道長の姉の子)が後を継ぐわ。
彰子の子供はまだ3歳と2歳だからね。
三条天皇は彰子の長男(敦成)が天皇に即位するまでのつなぎだったんだけどね。
自分の政治がしたいって藤原道長とは対立関係になるの。
でもたった4年で三条天皇は天皇やめるんだよね。(目の病気で)
そう。そして彰子の長男(敦成)が天皇になって後一条天皇の誕生よ!
彰子は国母だね。
でも敦成(後一条天皇は)は9歳だよ??
そこで爺ちゃんの藤原道長が登場よ!
摂政になって後一条天皇を助けるの。
助けるっていうよりかは、結局は藤原道長が政を行うんでしょ。
そうね。
でもここから彰子もガンガン政治に介入するようになるわ!
さすが紫式部の教育を受けた彰子だね!
内覧は後の白河院もマネしたんだって。
その後はこんなかんじよ!
彰子は87歳で死ぬまで政治に関与していくわ。
- 1026年 彰子が出家する。(上東門院となる)
- 2017年 藤原道長死去(享年62歳。糖尿病と合併症?)
- 1036年
彰子長男・後一条天皇が亡くなる。(享年29歳。糖尿病?)
⇒彰子の次男・敦良が天皇になる(後朱雀天皇誕生)
敦康親王の娘を妻とする - 1074年 彰子死去(享年87歳・病死)
彰子の次男・後朱雀天皇は定子の長男(敦康)の娘と結婚するんだよ~。
彰子がわざと定子の血をいれるために仕組んだんじゃないかって言われてるわ。
いかがでしたか?史実を元にお伝えしましたが、大河ドラマ「光る君へ」は大石静さんの脚本により変わるかもしれませんね。
今後の大河ドラマ「光る君へ」を楽しみにしましょう!
彰子を熱演している見上愛さんがハーフなのか気になっている人が多いようです。
見上愛さんの国籍についてはこちらの記事に詳しく書きましたのでどうぞ。
まとめ
【光る君へ】彰子はどうなる?子供や晩年の運命は?についてまとめました。
- 1000年 定子が亡くなる。(難産のため)
- 1008年 彰子が21歳のときに長男・敦成を出産。(彰子21歳)
- 1009年 彰子が22歳のときに次男・敦良を出産。(彰子22歳)
- 1011年 一条天皇が病死。(彰子24歳)
- 1011年 三条天皇の時代になる。
⇒1016年に眼病のため天皇を降りる。 - 1016年 彰子の長男・敦康が天皇になる。(後一条天皇)
⇒2036年 突然倒れて亡くなる。 - 1036年 彰子の次男(親王)が天皇になる(後朱雀天皇)
- 1074年 彰子死去(享年87歳・病死)
これからの大河ドラマ「光る君へ」が楽しみですね!